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ボンベイ室内オーケストラ(BCO)・レポート
2007年の世界アマチュアオーケストラ連盟(WFAO)上海会議開催にあたり、新しいアジアの国からの参加をと言う上海からの依頼で、まだWFAOに参加していない国のアマチュアオーケストラに声をかけました。結局、WFAO上海会議には、新規の国からの代表の参加はありませんでした。しかしその際に声をかけたうちの一つである、インドのボンベイ室内オーケストラ協会(BCO)代表のディンシャウ女史(Ms.Jini
Dinshaw)から2007年の8月末に手紙を頂き、11月に行われるBCO45周年記念コンサートへの参加と賛助メンバーの呼びかけに協力してほしいとの依頼がありました。WFAOの森下理事長の勧めもあり、WFAO委員(アジア総括)として、11月にムンバイ(旧ボンベイ)に行ってきました。
BCOは1962年にディンシャウ女史により設立され、インドの地でクラッシック音楽の普及と音楽愛好家の普及という二つの目的をもち、この約半世紀間に200回以上のコンサートをムンバイやインド国内、またスリランカで開いています。現在、インドにはデリーにもシンフォニー協会がありますが、ここ10年は活動しておらず、BCOはインドで唯一、オーケストラ活動を定期的にしている団体です。定期コンサートには、国内外から有名な指揮者や招いてきました。ピアニストのウォルター・ギーゼキング、バイオリニストのユーディ・メニューイン、ナイジェル・ケネディ、ウェールズ・バレエ団等との共演も行ってきました。
しかしながらBCOは、政府からは全く援助を受けておらず、民間の機関から文化的なサポートを受け、無料で青少年の音楽育成に当たっています。70歳を過ぎているディンシャウ女史(ヴィオラ奏者)は、イギリスに留学後、現在でもBCOの弦楽器全般を教えながら、リハーサルやコンサートにも出演しています。高価な楽器を一つずつ買い揃えることに頭を悩ませ、コンサートの手配、楽譜の購入やレンタル、海外からの指揮者、ソリスト、賛助メンバーの資金集めや、入国の為の諸手続きをやってきたその熱情と姿勢には、ただただ驚かされるばかりです。
BCOが抱える一番の問題点は、長期的にインドの青少年を育成する人材不足、楽器の欠如やメンテナンスです。毎回、定期コンサートには、特にイギリス等から賛助メンバーがコンサートの2週間前に来て、リハーサルのほかに、現地の青少年のトレーニングをします。特にBCOはイギリスの王立音楽院との提携で、音楽院のカリキュラムとしてボランティアが毎回、数名、来てくれるのですが、彼らが帰国した後は、自分たちのみで練習しなくてはならず、正しい演奏技術をコンスタントに学ぶ環境が整っていません。インドには3つの音楽学校があるのですが、いずれもオーケストラを持っておりません。そのような関係で、特にオーボエ、ファゴット、ホルン、コントラバスは、不足しており、毎回、海外からの賛助メンバーに頼らなくてはならないような状態です。
昨年、国立のインド交響楽団が組織化されましたが、弦楽奏者は、カザキスタンから、また木管金管楽器等はヨーロッパからのメンバーで構成され、インド人の音楽発展というより式典の為のみに編成される臨時的なオーケストラという意識が強いようです。BCOで苦労して指導してきた6名の弦楽奏者もインド交響楽団に取られ、ディンシャウ女史はとても嘆いていました。
ディンシャウ女史は、JAOを含め、アジアにこれほどの仲間がいることに驚嘆しておりました。次の世代を担っていくインドの青少年の為にヨーロッパよりも近く、習慣的にも近いアジアの国々のアマチュアオーケストラが協力の手を差し伸べてくれることに強く期待しているようでした。
BCO45周年記念コンサートの前に、約1時間、ディンシャウ女史とディニッツ理事と懇談した後、WFAOの認定書と森下理事長からのお土産である日本の「扇子」を渡しました。その際、「私は43才ですが、それよりも長い45年間のインドのオーケストラ音楽を支えてきたディンシャウ女史の努力に心から敬意を示します。今後は、近隣のアジアを含めた世界が貴方たちに新しい「風」を送り込みます。」と伝えました。
45周年コンサートはTATA財閥が建てたTATAシアターで、イギリスからの指揮者と、ロシアからのピアニストによるコンサートで、コンサート会場は、全くインドとは考えなれないような、まるで華やかなヨーロッパにいるような雰囲気で、観衆の素養の高さを肌身で感じました。コンサート後の打ち上げには、ディンシャウ女史は、参加せずチェロやバイオリンなどの楽器を載せた年代物のモスグリーンの「オースティン」を自ら運転しつつ、窓から手を振り笑顔で去っていきました。
2005年の愛・地球博の時に開かれたWFAO名古屋会議に森下理事長がアジアに国々に呼びかけ、それがきっかけとなり、中国に上海城市(シティー)交響楽団が誕生、同年、上海城市交響楽団の招待で、台湾の春之声管弦楽団の上海公演の実現、2006年のJAO宮崎大会時に開かれたWFAO東アジア会議で韓国の代表参加、2007年のWFAO上海会議、豊橋ユースメンバーの韓国公演に続き、WFAOのNPOとしての認可と、アジアを中心にこの数年でアマチュアオーケストラのつながりも急速に拡がりを見せています。
今後のアジアのアマチュアオーケストラの更なる発展に期待しつつ。
*現在、地名の名称は、ボンベイと呼ばず、ムンバイと呼んでいます。しかしこのオーケストラの英語の登記名がボンベイなので日本語訳でもボンベイと書かせていただきました。
WFAO委員 山路譲
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